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名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)1577号 判決

原告

玉利光

被告

ニューインデイア保険会社こと

ザ・ニューインデイア アシュアランス・カンパニー・リミテイッド

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金九二〇万三五〇〇円及びこれに対する昭和六二年六月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が左記一の交通事故の発生を理由に被告に対し保険契約に基づき保険金請求をする事案である。

一  争いのない事実

交通事故

1  日時 昭和六一年五月二四日午後七時三五分頃

2  場所 名古屋市守山区大字瀬古高坪五八先市道(以下「本件道路」という。)

3  当事車両 原告運転の普通乗用自動車(名古屋七七と六八六九、以下「本件自動車」という。)

4  態様 原告が、本件自動車を運転して本件道路を走行中、道路左側に設置されていた電柱に衝突した。

二  保険契約

原告は、被告会社との間において、昭和六一年五月一七日頃、本件自動車を被保険自動車とする、以下の内容の自家用自動車保険契約を締結した。

1  保険期間 昭和六一年五月一七日から昭和六二年五月一七日まで

2  保険金額 搭乗者傷害保険 七〇〇万円

自損事故保険 一四〇〇万円

3  搭乗者傷害条項 保険者(被告会社)は、被保険自動車(本件自動車)の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被りその直接の結果として生活機能又は業務能力の減失又は減少をきたし、かつ医師の治療を要したときは平常の生活又は業務に従事することができる程度になおつた日までの治療日数に対する事故発生日から一八〇日を限度として、入院については入院日数一日につき保険金額の一〇〇〇分の一・五、通院については治療日数一日につき保険金額の一〇〇〇分の一の各保険金を支払う(自家用自動車保険普通保険約款―以下「約款」という―第四章搭乗者傷害条項一条)。

保険者は、被保険者(原告)が右傷害を被り、その直接の結果として事故発生日から一八〇日以内に(但し、被保険者が事故発生日から一八〇日をこえて治療を要するときは、この期間の終了する前日における医師の診断に基づき後遺障害の程度を決定する。)後遺障害が生じたときは、保険金額に約款添付の別表(以下「別表」という。)各等級の後遺障害に対する保険金支払割合を乗じた額を後遺障害保険金として支払う。なお、別表第一級から第一三級までの後遺障害が二種以上あるときは重い後遺障害に該当する一級上位の等級の後遺障害に対する保険金支払割合を乗じた額を支払う(約款第四章搭乗者傷害条項第六条)。

4  自損事故条項 保険者は、保険証券記載の自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害を被り、かつ、それによつて被保険者に生じた損害について自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合、被保険者が右傷害を被りその直接の結果として生活機能又は業務能力の滅失又は減少をきたし、かつ医師の治療を要したときは平常の生活又は業務に従事することができる程度になおつた日までの治療日数から最初の五治療日数を控除した日数に対し医療保険として一回の事故につき被保険者一名につき一〇〇万円を限度として、入院については入院日数一日につき六〇〇〇円、通院については通院治療日数一日につき四〇〇〇円を支払う(約款第二章自損事故条項第一条)。

保険者は、被保険者が右傷害を被り、その直接の結果として別表の後遺障害が生じたときは同表の各等級に定める金額を後遺障害保険金として支払う。なお、別表第一級から第一三級までの後遺障害が二種以上あるときは重い後遺障害に該当する一級上位の等級に定める金額を支払う(約款第二章自損事故条項第六条)。

三  争点

被告会社は、本件事故は約款第二章自損事故条項第一条に規定する「自損事故」に該当せず、被告会社には原告に対する自損事故条項による保険金支払義務はなく、また、原告が事故通知・報告義務(約款第六章一般条項第一四条)に反して被告会社に対し虚偽の事実を報告したため、被告会社には原告に対する搭乗者条項による保険金支払義務もない旨主張する他、原告の傷害の程度、後遺障害について争う。

第三争点に対する判断(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)

一  自損事故条項による保険金請求について

1  前記のとおり、約款第二章自損事故条項第一条は、自損事故について「保険証券記載の自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害を被り、かつ、それによつて被保険者に生じた損害について自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合」と規定している。

2  原告は、本件事故態様について「原告が本件自動車を運転して走行中、後続車が本件自動車に接近したため、後続車を先行させるべく本件道路左側に本件自動車を寄せんとした際、ハンドル捜査を誤り、本件道路左側に設置された電柱に衝突した。」として、本件事故は原告の自損事故であつて、自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生していない旨主張し、その本人尋問において右主張に添う供述をする。

しかしながら、以下の理由から原告の右供述は措信しがたい。

(一) 乙第三号証の九、甲第二八号証の一ないし一三、原告本人尋問の結果によれば、本件道路は、東西に走る幅員六メートルの道路であり、左右両側にはそれぞれ幅六〇センチメートルの路側帯があること(電柱は路側帯内に設置されている。)、本件事故現場付近には本件道路の西側に道路に接して間口一七メートル以上の駐車場があり、また、本件道路の東側には右駐車場の真向かいに道路に接して三和工業の駐車場があり、いずれの駐車場も本件道路からの出入が自由な状況にあることが認められる。

ところで、原告は、本人尋問において、「本件自動車のバツクミラーに軽四のライトバンらしき車両が映つたので追い越されるのではないかと思い、接触を避けようと思い、軽くハンドルを切ったところ、前に電柱があり、それに衝突してしまつた。」旨供述するが、右認定の本件道路及びその付近の状況並びに後続車が軽四輪のライトバンであり、本件自動車が普通乗用自動車(ホンダシビツク、ハツチバツクRS一五〇〇CC)であることに照らして考えると、本件自動車と後続車がすれちがうことが困難な状況であったとは考えにくく、原告が後続車を認め、直ちに同車との接触の危険を感じてこれを回避する行動を採つたとすることはにわかに首肯しがたいところである。また、原告の供述によれば、原告は、本件事故前、時速三〇キロメートルの速度で本件自動車を運転していたものであるが、右速度走行中に軽く左ハンドルを切つただけで路側帯内に設置されている電柱に衝突したとすることも不自然である。

(二) また、原告は「金閣の車(後続車)は、本件自動車を追い越すことなく、三和工業の駐車場の入口へ斜めに入つて行つた。」、「本件自動車の右フエンダーミラーに金閣の車のライトが映つたので、後方を振り向いたところ、金閣の車が斜めに三和工業の駐車場に入りかけた状態であつたか、追い抜く状態であつたか、一瞬のことだったのではつきり覚えがないが、その一瞬、追い越されるかも知れないと思つたのでハンドルを左に切つた。」旨供述する。

しかし、右供述内容自体、甚だ瞹味である上、後続車が三和工業の駐車場の入口へ入つて行くことを原告が認識していたのであれば、原告が後続車との接触を回避するための行動を採ることは考えられないし、逆に後続車が本件自動車を追い越すとの認識の下にハンドルを左に切り、その結果、電柱に衝突して負傷(原告の供述によれば、両眼にガラスの破片が入り出血して目が見えない状態になつたことが認められる。)した原告が、右回避行動の最中或いは電柱に衝突した後に後続車が三和工業の駐車場に入つたことを認識したことは凡そ考えられず、原告の右供述は矛盾しているものといわなければならない。

(三) 原告は、その本人尋問において、当初、「私が本件道路を走行中、右手に見える三和工業に差し掛かつた時、金閣の車が私の車を追い越すために接近して来たので、私は危険を感じ、本件道路左側に車を寄せるべくハンドルを左に切り、急ブレーキを踏んだが、ハンドル操作を誤り、電柱に衝突しました。」、「追い越しをかけて来た車が金閣の車だとわかつた理由は、追い越しをかけて私の車にかぶせて来た車が私の車の運転席の右真横に来た時、私は、その車が軽四の青い(後、ワインカラーと訂正)ワゴン車であることに気付いたこと、私が電柱に衝突した目からの出血が激しく、目が見えない状態でいる際、タオルを持って来てくれたイトウという人から、『現場付近に金閣の屋号の入つた車が止まつていた』と聞いたということからです。」、「本件事故の原因は、金閣の車がかぶせてきたことが直接の原因だと私は考えています。それで、私は本件事故が発生してから二、三か月経過したあと、警察に本件事故態様について届出たのですが、警察官から二、三か月も経過した後届出してもらつても車両相互間の事故であるという証明をすることは困難だと言われました。」等と本件事故が自損事故であることを否定する趣旨の供述をしていたところ、後に供述を変えて冒頭の供述をするに至つた経過がある。

以上の理由から、原告の主張に添う原告の供述部分は措信しがたく、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

3  なお、原告は、本件事故が警察によつても自損事故として扱われていること、また、原告の自賠償保険に対する被害者請求においても自損事故と判断されたことを理由として本件事故は原告の自損事故と認めるべきである旨主張する。

しかし、警察が本件事故を自損事故として扱つたのは、原告がその本人尋問において述べているように、事故後二、三か月も経過した後に届出しても車両相互間の事故という証明をすることが困難であるという理由からであり、原告の自損事故であると積極的に認めたものではないこと、また、原告から自賠責保険金の被害者請求を受けた東京海上火災保険株式会社は、本件訴訟における原告の主張と同旨の事故態様についての記載がなされた原告作成の事故発生状況報告書(乙第三号証の六)及び平成元年五月一日付報告書(乙第三号証の七)に基づいて本件事故が原告の自損事故である旨の判断を下したことがそれぞれ窺われ、これらから直ちに本件事故が原告の自損事故であることを推認することはできず、原告の右主張は採用しえない。

従つて、原告の自損事故条項による保険金請求は理由がない。

二  搭乗者条項による保険金請求について

被告会社は、原告が事故通知・報告義務に反して被告会社に対し虚偽の事実を報告したため、被告会社には原告に対する搭乗者条項による保険金支払義務はない旨主張するので、まず、この点について判断する。

1  乙第二号証によれば、約款第六章一般条項第一四条は、事故発生時における保険契約者・被保険者の義務として、被告会社に対し、事故の状況等について遅滞なく書面で通知すべき旨規定していること、また、同条項第一五条四号は、保険契約者・被保険者が右義務に反して、書類に故意に不実の記載をした場合には、被告会社に保険金支払義務がない旨規定していることが認められる。

2  証人玉利恵の証言により成立を認める乙第一号証、証人玉利恵の証言(後記措信しない部分を除く)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告の妻である玉利恵(以下「恵」という。)は、本件事故当日夜、原告から被告会社の代理店の担当者である橘ユキオ(以下「橘」という。)に本件事故について連絡をするように指示され、同人に電話連絡をした。

(二) 橘は、本件事故発生日の翌日である昭和六一年五月二五日、原告の入院先であるヤトウ病院に訪れた。当事の原告の状態は、意識は明瞭であり、会話も可能であつたが、全く眼が見えない状態でベツトに寝たままの状態であつたので、病室に原告を見舞つた橘は、原告の様子を見て、恵に対し、「大変だつたですね。ちよつと、ご主人とは、お話できないようですね。奥さん外でお話をうかがいましよう。」と言つて、病室から出て、同病院歯科のロビーにおいて、恵及び同女の母に対し、保険金支払について説明し、その際、恵に対して本件事故状況についての説明を求めた。恵は、橘に対し、「原告が対向車との接触を避ける為ハンドを切つたところ、運転を誤つて電柱に衝突した」旨説明し、橘は、恵から聴取した事故状況を持参して来た「事故発生の模様及び見取図」の用紙に記入し、併せて同用紙の見取図欄に右事故状況の略図を記入した後、恵に対し、同用紙への原告の署名押印を求めた。前記のように原告は眼が見えず、自ら署名押印をすることが不可能であつたため、恵が原告の署名を代筆し、かつ、原告の実印をもつて右署名下に押印して右用紙を橘に渡した。

3  ところで、証人玉利恵は、同証人は、本件事故現場から病院に向かう救急車の中において、原告から本件事故状況について「近付いてきた車に接触しそうになつたから、ハンドルを左に切つたら、電柱にぶつかつた。」と聞いただけであつて、原告から「対向車が来た。」とは聞いていない、橘から事故状況について説明を求められた時、原告から聞いた話、本件事故現場や事故車両の様子から原告が対向車を避けようとして電柱にぶつかつたと想像して橘に述べた、恵が後で原告に橘との話の内容を伝えたところ、原告は、恵に対し、「前から来た車ではなくて、後ろから来た車だ、ちやんと説明しておかなければだめだ。」と言つたので、恵は、原告に「それではお父さん、ちやんと説明してね。」と言つて、原告から橘に直接話してもらつた旨供述する。

しかし、妻である恵にとつても夫の事故状況は最大の関心事であるはずであり、仮に、橘から事故状況の説明を求められるまで原告から詳しい事故状況を聞いていなかつたとしても、保険金請求手続のために原告に代わつて事故状況について説明するよう保険代理店から求められた場合、不明な点があれば、原告に確認してから回答するのが通常であると考えられ(前記認定のように、原告は意識が明瞭で、会話も可能な状態であつた。)、勝手に想像した内容を原告から聞いた事故状況として回答し、かつ、右回答内容の確認の意味を持つ原告の署名押印を代行するということは不自然・不合理という他ない。

しかも、原告は、その本人尋問において、原告は恵から同女が橘に報告した事故状況の内容についてはつきり聞いてはいない旨述べ、昭和六一年五月二七日頃、病院に見舞いに来た橘に対し、原告自ら事故状況について説明したと供述するも、恵の報告内容を訂正したことには言及していない等、証人玉利恵の供述とは明らかにくいちがつた供述をしている。

以上から、証人玉利恵の前記供述は措信しがたい。

4  従つて、前記2に認定の事実によれば、恵は、原告から本件事故状況について「原告が対向車との接触を避ける為ハンドルを切つたところ、運転を誤つて電柱に衝突した」旨の説明を受け、橘に対し、原告に代わつて原告から説明を受けたとおりの内容の報告をしたこと、原告は、恵の橘に対する右報告内容を承知していたことを推認することができ、右推認を覆すに足りる証拠はない。

前記一記載のように、本件事故時、原告が後続車との接触を避けようとしてハンドルを左に切つたことは原告の自認するところでもあり、従つて、橘に対する右報告内容が事実に反することは明らかである。

5  以上によれば、原告が恵を介して事故の状況について被告会社に提出すべき書類に故意に不実の記載をしたことを認めることができ、従つて、約款第六章一般条項第一五条四号により、被告会社には保険金支払義務がないというべきである。

従つて、その余の点について判断するまでもなく原告の搭乗者条項による保険金請求も理由がない。

三  結論

以上によれば、原告の請求は理由がない。

(裁判官 深見玲子)

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